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ジャガーFタイプの印象

ジャガーFタイプの試乗の印象です。ジャガーとして硬派であることに本気度を示したスポーツカーで、スタイリングもさることながら、エンジンの存在感が並大抵ではありません。6月に発売されたクーペの「S」、「R」のほか、2月のJAIA試乗会で乗ったコンバーチブルのベーシックモデルの印象も報告します。

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これはクーペの「S」ですが、この佇まいのよさは、さすがと思わせるものです。試乗会場に向かう途中に見かけたときは、現行のフェアレディZに少し似ているか、と思いましたが、間近で見るとやはり発するオーラが違い、「かっこよさ」の追求が数倍あるクルマと感じました。

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ロングノーズの典型的なFRスポーツカーのシルエットですが、デザインはかつてのEタイプをモチーフにしていることはあきらかです。素直で、古典的なラインですが、レトロではなくモダンです。とにかくかっこよく見える、というのが大事で、ジャガーの生命線をわかったうえでやっていると思った次第です。

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これはV型8気筒の550psエンジンを積む、極めつけのモデルの「R」。ホイールは標準で20インチを履き、窓枠その他がシルバーのメッキ仕上げになります。
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このボディ色だと、まさにフェラーリを思わせます。ただ、今の最新のフェラーリは、もっとボディラインに抑揚があるなど凝ったデザインで、もう一段上の超高価格車らしさがあるようです。しかしジャガーも2枚目路線のブランドであり、Fタイプは負けていないという感じです。
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車格はまるで違いますが、メーカーがやはり自意識を持って開発したであろうスポーツカーとして、トヨタの86を考えると、86の場合も、運動性能を感じさせるひきしまった佇まいですが、やはりV型8気筒を積むクルマとは、質感、存在感が違うようです。同じトヨタの、超高価格のレクサスLFAも、やはりリアルスポーツを感じさせますが、スポーツカーの長く偉大な伝統があるイギリス車では、あのようなニューウェーブ的デザインにはならないように思います。古くて新しいのが、ジャガーFタイプと思う次第です。
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実際のところは、Fタイプは911がライバルとされており、価格帯はその下のケイマンと911の中間程度です。価格からするとライバルが実はあまりないとのことです。内容を考えるとこの価格はバーゲンだとジャガーの人は言いますが、たしかにそうだろうと思います。ちなみにクーペのベーシックモデルが823万円、「R」が1286万円です。

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Fタイプに乗り込むと、内装がまた、やはり超は付かないものの、高価格車らしい質感でした。革の使用などが押し付けがましさがなく、造形もシンプルですが、スポーツカーとして好ましく感じます。センターコンソール付近も適度にドライバー重視です。助手席との間に"壁"がデザインされていますが、この辺りは右ハンドルでも左ハンドルでも簡単に作り分けられそうです。これはコンバーチブルのベーシックモデルです。

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これはクーペの「S」ですが、この写真では、前の写真と違い、ナビ画面上方のエアコン吹き出し口が見えています。

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これがエンジンをかける前。
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これがイグニッションスイッチを入れた後。サンダーバードの基地の発射台のように、せり上がってきます。発射されるのは、ただの空気なのですが‥。今回のFタイプは、各所に電動格納のデザインが見られます。

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これは、ドアの把っ手で、やはり格納式です。そのほか、リアスポイラーも格納式です。こういった格納式のデザインは、ボディラインの美しさの追求であると同時に、乗り込むときの儀式の演出として採用されているようです。

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「S」のメーター部分。意外にカラフルな色づかいで、日本仕様ではカタカナ表示もされます。マニュアルシフト時には、ギアの数字がパネル中央の丸い部分に表示され、視認しやすいです。


エンジンをかけてからが、このクルマの真骨頂です。実は最初に乗ったのが2月のコンバーチブルの「ベーシックモデル」で、屋根が開いたまま走り出したものだから、エンジンの"音"にもろに浸ることになりました。ちょっとでもアクセルを踏もうものなら、加速もさることながら、刺激的な音の洗礼を受けます。回したら最後、別世界に突入しました。これはもうレーシングカーのエンジンだな、というイメージです。しかしそれは、最もおとなしいV型6気筒の340ps仕様でした(オプションの、「アクティブ・スポーツ・エグゾースト・システム」が付いていましたが)。

参考までに、「ベーシックモデル」はV6・3リッター、340ps。「S」は同じV6の380ps。「R」はV8・5リッター、550ps。いずれもスーパーチャージャー付きです。(コンバーチブルでは、「R」のかわりに、495psの「V8 S」がラインナップされます)。

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シフトレバー右横のスイッチを操作して、ダイナミック・モードを選択すると、エンジンはさらに刺激的になります。写真(「R」)では、そのスイッチのチェッカーフラッグと、シフトレバー手前のスイッチの排気管の絵が点灯しているのがわかります。ダイナミック・モードでは、個別のセッティングも調整できるようですが、スロットル、ステアリング、エンジン特性などが、スポーツドライブ向けに調整されます。とくに、圧巻がエンジンの刺激が増すことで、エンジン特性やレスポンスなども変わるいっぽうで、「アクティブ・スポーツ・エグゾースト・システム」がオンになり、いわゆるアフターファイアのバリバリという音のパレードになります。モデルによって差はあり、通常でもアクセルオフでのバリバリ音は出ることがあるようですが、「アクティブ・スポーツ・エグゾースト・システム」がオンになると、とくにV型8気筒の「R」などでは、ちょっとアクセルを戻しただけでも、即座にバリバリバリという音を発します。竹を大量に割る音、とか、花火大会で小粒の花火を連発させたような音、という感じで、非常に乾いた音なのですが、これもやはりレーシングカーのようなレベルです。「アクティブ・スポーツ・エグゾースト・システム」は、通常のV6でもオプション装備されますが、V8の「R」がもっとも刺激的でした。
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この音は、WRCのターボ車などの、いわゆるミスファイアリング・システムの音に似ていると思いました。救い(?)といえば、ロードカーのFタイプはもう少し洗練されているかな、ということですが、それでもこのモードは激辛の刺激性があり、あまり市街地では使わないほうがよさそうです。WRCでもスペシャルステージ以外は、多分システムを切っていたかと思います。基本的には、Fタイプのこの音は性能的には出す必要がなく、あくまで演出としてやっているようで、マフラーからバイパスさせていわゆる直管のようにしているのだそうです。ちなみにFタイプのキャッチコピーとして、「ドイツもこいつも刺激が足りない」というフレーズを使っています‥・。ドイツ車には、アフターファイアの激しいクルマがなかったのか、あったのか、というところですが‥・。

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明るいところで見るとスイッチ類はこんな感じです。これは「R」なので、この部分のパネルがカーボン調です。「R」では、本革部分に赤いステッチが入ります。

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これも「R」で、パドルシフトがエンジンスタートボタンと同様な、銅色に光ります。この車両のステアリングの握りは太めで弾力性があり、スポーツカーらしく好感触でした。

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これは「S」の車内ですが、シートはサポートもしっかりしています。2月のコンバーチブルは、少しだけワインディング路を走りましたが、ハンドリング云々を言える状況ではなく、相当がんばらないと、なにも露呈しないだろうなと思っただけです。足回りは、当然スポーツカーらしく硬めですが、やはり猫足の伝統があるジャガーのためか、ごつごつ感が抑えられており、乗り心地はよいと感じました。ただしそれはV6の「S」の印象で、エンジンの重さもあるせいか、V8の「R」は少し硬くなる印象でした。V6のほうがステアリングを握っていて、ある種の軽さが感じられました。
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乗り心地の良さは、ボディ剛性の高さも影響していそうです。ジャガーはアルミ・ボディを10年あまり使い続けていますが、今回のFタイプ・クーペは、ジャガー史上最高のねじり剛性で、コンバーチブルに比べてクーペの剛性は80%アップだそうです。

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このクルマの御神体であるエンジンをぜひ拝もうとボンネットを開けても、その姿は見えませんでしたが、ふつうの大衆車とは違う車体構造材が目に付きました。エンジン両サイドのサスペンションの取り付け部分や、フェンダー上部分のメンバーのつくりが精緻です。アルミボディであるにしても、独特の素材感なので、あとで聞いたところ、サスペンション取り付け部分は複雑な構造なので鋳造で、Aピラー付け根から伸びるフェンダー上部のメンバーは押し出し成型だそうです。アルミ押し出し材は、"ところてん"のような製造工法のもので、新幹線などの最新の鉄道車体などはよく知られていますが、自動車でも、部材として、アルミボディの場合、サイドシルその他の棒状の部分に使用されています。このフェンダー上部のメンバーは、少し複雑な造形ですが、ハイドロフォーミングという工法で、棒状に押し出した後に、液圧などを使って特殊なプレス成型をしています。この工法は、Aピラーからリアクオーターウィンドウまで続くルーフラインにも採用されています。Bピラーをもたないデザインなので、高い強度を必要としたためのようです。Aピラーの生え方も、ふつうの自動車ではなかなか見ない光景です。

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フェンダー上部のメンバーと、Aピラーが、ともにハイドロフォーミングによる成型。

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サスペンション取り付け付近は、鋳造。

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リアは、テールゲート付きで、このような荷物スペースが確保されています。ハッチバック式なのは、Eタイプの伝統に従ったためと思われます。それにしても、そのスペースは限られています。フロアの手前部分は下側にもう一段スペースが隠れていますが、せいぜいポルシェのケイマンとそう違わないスペースといえそうです。ただしあちらはミドシップですから納得がいきますが、こちらはフロントエンジンです。Fタイプの場合、テールゲートの高さまで一杯を荷室と考えれば、容量はケイマンをかなり上回りますが、ケイマンはフロントにも荷室があるので、まあ引き分けでしょうか。Fタイプがライバルと想定する911の場合、2シーターではなく、+2のスペースが室内にあり、実用性は大違いです。ただ、「刺激」については、とくにV8であれば、911に対抗できるものがあるようです。

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これは「R」ですが、ルーフがガラスルーフでないので、Eタイプに似たリア窓形状が理解できます。リアデッキの先端部分は、Eタイプよりは高い位置にありますが、それでもやはりルーフラインがなだらかに落ち込んでおり、このデザインではリフトが発生します。そこで、格納式のリアスポイラーを装備しています。やはりラインにこだわる姿勢から、格納式を選んだようです。「R」の場合、マフラーが4本出しになります。

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フロントとリアのフェンダーに沿ったラインなど、比較的シャープなプレスラインが入っています。とくにリアフェンダー付近などは、パネル1枚が複雑な造形にプレスされています。アルミ外板パネルは鉄板よりも、複雑なプレスに耐えにくいものですが、Fタイプでは、デザインへのこだわりから、従来のジャガー車よりもアルミ合金の番手を吟味して、強度の高い外板を採用しているとのことです。それにしても、このフロントまわりの造形などは、ふくらんで立体感に富んでいます。しつこいようですが、フェラーリを思わせるものがある気もします。

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このサイドビューは、やはりジャガーです。ジャガーとは、あざといほどにかっこよくつくるのが伝統ではないかと思います。一時期のとくにフォード時代のジャガーは、そこがどうも忘れられていると個人的には感じていました。

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おそらく多くの人にとって、ジャガーといえばやはり、1960年代のEタイプ。この写真のクルマの横に立つのが、ジャガー創始者のサー・ウィリアム・ライオンズ。Eタイプは、ドリームカーのように長大なボンネットが印象的で、率直な感想としては、その存在感では、Fタイプは、まだEタイプに及ばない気もします。ただし、Eタイプよりも、もっとひきしまってシャープなリアルスポーツっぽさが感じられ、DタイプやCタイプなどの、純レーシングスポーツカーに近いようにも思います。

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これは、1996年登場のXK8。現在のXKの先代に相当しますが、これもやはりEタイプあたりを強く意識したスタイリングです。このクルマも、出た当初に接する機会がありましたが、デザインの印象としては、優美すぎて今ひとつインパクトが薄く、Eタイプのオマージュなのはわかるにしても、もっとこれ見よがしにかっこよくしてほしかった、などと思ったのを覚えています。今回のFタイプと違って、純スポーツカーではないのですが、前後オーバーハングも長く、獰猛さには欠ける印象でした。一度少し走る機会がありましたが、乗り味は快適なものの、ノーズダイブが大きいのが目立ちました。

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これは、2月に乗ったFタイプのコンバーチブルです。横に並ぶのはXJ。"保守的"から首尾よく脱した感のある最新のジャガー2台ですが、顔つきなどはだいぶ違います。

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クーペを見てしまうと、コンバーチブルのデザインは、ラインの美しさでは若干もの足りない気もしますが、やはりひきしまったロングノーズの佇まいは、魅力的でした。リアフェンダー付近のボリューム感なども、印象的です。デザイン開発は、コンバーチブルを先にほとんど仕上げてから、クーペにとりかかったのだそうです。

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スパッと切り落ちたリアエンドのライトの形状が特徴的です。鉄人28号の顔のようにも見えます。よく見ると、その目(テールランプ)の上のひさしの部分の厚みが、クーペのほうが少し厚いのに気づきます。あとからデザインしたクーペでは、デッキを高めにして、ルーフラインの傾斜を最適化したようです。この部分以外は、ボディ下半分のデザインは共通だそうです。

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幌をあげたところ。幌はファブリックで、奥のクルマはそれが赤ですが、印象がまた異なります。

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ジャガーは過去にレースでの偉大な実績があります。最も偉大な時代は、1950年代です。その頃のCタイプ(左から2番目)やDタイプ(右から3番目)と並んだ図。

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今のジャガーは、レース活動をしていません。今回のFタイプのピュアスポーツぶりを見ると、もうあとはレースをするしかなさそうに思えてきます。Fタイプは、数を売るのを期待したクルマではなく、ジャガーのスポーツイメージを高める役を担ったクルマだとのことです。だから、相当本気を出してスポーツ仕立てにしています。
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近年、ジャガーはPRの展開として、自転車のツールドフランスの強豪、英国のチーム・スカイをサポートしています。サポートカーとしてジャガーXFのワゴンが使われているようですが、2014年には、新型Fタイプのサポートカーが登場しました。これはツールの第20ステージ、個人タイムトライアルでのサポート用に仕立てられたクルマです。しかし残念ながらスカイに属する昨年の優勝者の英国人フルーム選手がレース序盤でリタイアし、メディアへの露出効果はおそらく目論みほどは発揮されずに終わりました。個人タイムトライアルのサポートカーは、通常のステージのように、予備の自転車をたくさん積むことがないので、スポーツカーのFタイプがPR効果をねらって採用されたと思われます。それにしても、ツールのサポートカーは、だいたいが大衆車で、一部、日本のスバルやBMWなどのスポーティーブランドも散見されますが、ジャガーというのは、かなりぜいたく過ぎる存在です。そもそも、自転車のサポートをして後を走るよりは、Fタイプは自分で走ったほうがよくはないかと思ってしまいます。しかしレース参戦というのは、自動車メーカーにとっては生半可ではないことで、ましてやジャガーともなると、おいそれとは出られるものではなさそうです。

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ジャガーは、もともと戦前にオースチン・セブンの改造車からビジネスを始めたメーカーで、安くつくりながら、高価なスポーツカーにも負けない格好よさを、あざとく与えたのがクルマづくりの原点かと思います。アストンマーチンなどよりはるかに安い価格で、匹敵する性能と、似たような雰囲気を醸し出すのが、ジャガーの魅力だったと思います。その意味では、このFタイプも、アストンマーチンやフェラーリのだいたい半額以下で、それほどは遜色ないスーパースポーツとしてでき上がっており、ジャガーの伝統に沿っています。ただ、ジャガーは1950年代に、ルマンに本格参戦して、5勝もする実績を残して伝説をつくり、本物のスポーツカーになったという経緯もあります。
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そんなことから考えると、あの刺激に満ちた排気音は、誇り高いジャガーが、レースをしていない中で、負けん気を出した結果ではないかと思いたくなります。近年縦横にレースで活躍するドイツ勢を尻目に、「ドイツもこいつもレースをやっているが」と、悔しさをぶちまけながら、Fタイプは大自然の山岳路を走るのかもしれません。
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しかしジャガーは人に見られてこそのクルマともいえそうです。今回あらためて思ったのは、ジャガーのブランドに対する期待度の大きさです。同じ英国には、アストンマーチン、ベントレーという、名門メーカーがありますが、誇りが高すぎるというか一般受けはいまひとつという気がしなくもありません。ジャガーはある意味では、フェラーリに匹敵する大衆的人気のあるブランドです。ジャガーのセンスの良さは、ドイツ車も及ばないところです。近年ジャガーの注目度が再び高まっている感じもあり、Fタイプがそれをもっと押し進めるのだと思いますが、さらに高みを目指してほしいとも、思った次第です。


(レポート・写真:武田 隆)


リポーターについて

武田 隆(たけだ・たかし)

1966年東京生まれ。早稲田大学第一文学部仏文科中退。出版社アルバイトなどを経て、自動車を主体にしたフリーライターとして活動。モンテカルロラリーなどの国内外モータースポーツを多く取材し、「自動車アーカイヴ・シリーズ」(二玄社)の「80年代フランス車篇」などの本文執筆も担当した。現在は世界のクルマの文明史、技術史、デザイン史を主要なテーマにしている。著書に『水平対向エンジン車の系譜』 『世界と日本のFF車の歴史』『フォルクスワーゲン ゴルフ そのルーツと変遷』『シトロエンの一世紀 革新性の追求』(いずれもグランプリ出版)がある。RJC(日本自動車研究者ジャーナリスト会議)会員。

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