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新型ゴルフについて-その2(デザイン)

フォルクスワーゲンの新型ゴルフについて、3回に分けて報告しています。2回目はデザインの雑感です。5月の日本での発表会で、巨匠デザイナーを招いたプレゼンテーションは話題になりました。

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私事ですが、先代ゴルフ6の時代に、歴代ゴルフの変遷を『フォルクスワーゲン ゴルフ  そのルーツと変遷』という一冊の本にまとめました。そのとき歴代ゴルフのデザインに注目し、ゴルフのデザインがなにをどう受け継いで進化してきたのか、細かに追い、あれこれ考えました。その延長に出てきた新型ゴルフは、興味深いものでした。あまり変化がなかったことが残念という声もありましたが、個人的には予想を裏切る進化で、それも心配を裏切ってくれたという感じでした。
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今回の新型は、中身から全面変更の大モデルチェンジですが、外観の変化は見た目の印象としては微々たるもので、たしかにあまり変わっていません。しかし、あきらかに「良い方向」に是正されて進化しているように思えます。メーカーのクルマづくりの"感覚"が、たしかなのではないかと感じます。
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ゴルフのボディ形状は、まさに2ボックス・ボディの見本のようです。写真で左に見えているのはボルボV40ですが、ボルボはリアのあたりでウェストラインが著しく高くなっています。V40はこのクラスのハッチバック車としては、異例にすばらしいスタイリングと思いますが、それは、そうなることを追求した結果のものです。対してゴルフは、実用性を損なわないボディ形状を守っています。2ボックスというのは、実用車の理想型、基本形です。ボルボは全長を長目にしたり、後部の車幅を絞り込んだりしていますが、ゴルフはスペース効率重視の姿勢を崩しません。そのため"まじめ" な車体形状になっています。
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スペース効率や使い勝手を考えると、本当は2ボックスという形状はいじれないわけで、ゴルフはそうしています。ところが、まじめな気をつけの姿勢のまま、スタイルには尋常でないほど気を使っています。実用本位のボディで飾りを排除しながら、全体のプロポーションやディティールにおそろしくこだわって、良いデザインに仕立てています。先日、国産メーカーのデザイナーの人と話をする機会がありましたが、やはりゴルフ7のプロポーションの見事さはすごいと言っていました。
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歴代ゴルフがデザインのトレードマークとしているのは、太いCピラーです。機能重視であれば、後方視界確保のためにCピラー部に小窓を開ける選択肢もあるわけですが、ここだけはゴルフは、デザインのために太いピラーを採用している面があるようです。注目はそのピラーを活用して、この部分のボディパネルを、「くの字」状に形成していることです。
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歴代ゴルフは、すべて太いCピラーをトレードマークにしていますが、「くの字」のCピラーを意図的にデザインしたのはゴルフ4でした。その後5、6と「くの字」の意匠が一応続いたのですが、今回の7で再びそのデザインが純化されて強化されています。
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これは先代のゴルフ6です。Cピラー部が「くの字」になっていますが、ウェストラインが無惨に横切ってしまっています。さらにテールランプが、パネルの仕切り線をはみ出して、「くの字」のラインを浸食してしまっています。
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これはポロですが、ゴルフ7より先に発売されていました。このポロの動向から推測して、ゴルフ7はCピラーの「くの字」をやめて、水平のウェストラインを強調するデザインになるかと想像していましたが、実際出てきたゴルフ7はそうではありませんでした。もうひとつ、ポロのボンネットの両サイドは、肩が落ちるカーブになっていますが、これは予想どおりゴルフ7も採用してきました。
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ポロも、クラスを超える高品質感がありますが、比較的ストレートにデザインした感じに見え、それに比べるとゴルフは緻密さにこだわって仕上げたように見えます。ゴルフはフォルクスワーゲンの看板なので、精神集中の度合いが違うのではないかとも思いますが、もっとも、車格相応にそれぞれ最適に仕上げた結果にすぎないのかもしれません。
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これはゴルフ4です。Cピラーの「くの字」は、リアドアやテールゲートの開口線が、(ガラスではなく)すべてボディパネルの合わせで仕切られるので、「くの字」がゴルフ7以上に目立ちます。このCピラーの「くの字」は、気づかないと目がいかない、ただのパネルの継ぎ目にすぎませんが、意識して見ると、よくまあこんなデザインに仕上げたと、ため息をつくような凄みがあります。ゴルフの設計は、目に見えない内部まで、すべてそんな調子で、こだわって緻密に仕上げられているのだろうと、想像力を働かされます。シャットラインを合わせることは、当時VWグループがこだわり始めたことで、バウハウス調などといわれました。
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ゴルフ7は、窓ガラスが開口線を兼ねるようになったため、シャットラインがゴルフ4ほどは目立ちませんが、ゴルフ7では、6と違ってショルダーラインの線をリアドアまでで止めており、ゴルフ4と同じようなフラットな面のCピラー(リアクォーター)パネルに仕上げてきたので「くの字」が目立っています。ゴルフ7では、給油口のふたも平行四辺形にして、「くの字」に合わせてきました。
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こういうシャットラインの整理は、古くは1955年のシトロエンDS19などがやっていたといわれますが、現代のヨーロッパ車ではこだわるクルマが多いようです。日本車でもこだわったクルマは少なくないですが、日本車はデザインをいじる傾向が今は多い気がします。ゴルフのこの線の潔癖さは、まさにバウハウス的です。
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ゴルフ7の見どころは、プレスラインです。ボディ形状はどうせふつうに四角いけれども、そのかわりにプレスラインの彫刻で世界を打ち負かしてやる、と思っているかもしれません。ゴルフ6もシャープでしたが、ゴルフ6はシャープさが増しています。とくに気にしなければふつうの造形ですが、太陽光の下で見たときなど、光線の具合やボディカラーによっては非常にシャープに見え、ボディそのものが美しく見えます。フロントで目立つのはボンネットの両サイドの線です。これはポロと同じ凸線で、ボンネット両サイドが下がっています。
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先代のゴルフ6は、これが凹線でした。光の加減で凸にも見えるのですが、ことによると次の7で凸に変える予定なのであえてそう見えるようにしていたのか、などとうがって考えたくもなります。ゴルフ6は、その前のゴルフ5のボディ骨格を引き継いでいたので、凹にせざるをえなかったようです。ゴルフ6は7と比べると全体に丸い感じがありました。ゴルフ6も当時、水平基調を強調してシャープさを売りにしていましたが、その前のゴルフ5が、かなり丸いデザインだったことの名残があったわけです。本当はゴルフ6ももっとシャープにしたかったものの、元の5のボディがベースなのでここまでしかできなかった、それが6のデザインだったという気がします。
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ゴルフ6のフロントマスクで注目は、グリル横線の下の方の線がヘッドランプカバーにまで伸びていることです。
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このヘッドランプ内の横線は、ゴルフ7ではシルバーの線としてデザインされました。(写真では光って見にくいですが)この線はバンパーパネルとの仕切り線としてフェンダーまでまっすぐ伸びています。顔面を鼻の高さで右耳から左耳まで、水平線が横切っています。6のときからテーマだった水平基調のデザインを強調しているわけです。この水平線はゴルフ6では、ヘッドランプカバーの透明樹脂の形状として、うっすら入るだけでした。こういう変化を見ていると、6をデザインしたとき、「今すぐこの線をここに通したいが、5から飛躍がありすぎるから、次の7でこの線をはっきり通すことにして、6ではその布石としてうっすら線を入れるだけにしておこう」、などと見通しながらデザインしていたのではないか、などと想像(空想?)してしまいます。歴代ゴルフは、デザインに連続性のある進化を信条としています。
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これはゴルフ5です。5は、6/7とだいぶ違います。ただ、今言った、バンパーとフェンダーの仕切り線は直線になっています。その位置関係から考えてみても、新型になるにつれフロントマスクは低くなっているようです。注目は、ゴルフ5は、ウェストラインが尻上がりのウェッジシェイプだったことです。その前の4は、バウハウスのごとく、ウェストラインもなにもかも水平線と垂直線で構成されていたのが、この5では、形に動きを出そうと尻上がりにしたという気がします。さらに、4のバウハウスの四角に反旗をひるがえすがごとく、ボディ全体を丸くしています。歴代ゴルフきっての丸形体型です。
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もっとも5のこのときのデザイン部門トップは4からほぼ継続だったので、4のプレーンな感じを保ってはいます。問題は、次の6も、この5の基本体型を引き継がざるをえなかったことです。しかし紆余曲折の後、デザイントップが、ワルター・デ・シルバ氏になり、問題を抱えていたデザインの路線を変更して、初代ゴルフとゴルフ4への回帰に活路を見出して、水平基調のシャープなデザインに舵を切りました。その結果登場するのがゴルフ6ですが、そのときボディ骨格を再利用する制約があったので限界があり、本当にしたかったデザインを、次の、内部から全面新設計となるゴルフ7で、ようやく実現したのではないか・・・。そう思っていたところ、先に話したデザイナーの人も、同じ見方をしていました。
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車高を低くして端正に見せているのも、7で(つまり本当は6のときに)やりたかったことなのかもしれません。この写真は、手前から奥に向けて、7、6、4、1です。7と6を比べると、7の方が尻下がりに見えます。6は5と同じで、尻上がりです。そのため、とくに後ろから見たとき、ちょっとボディ上半部が不格好に見えることがありました。この写真で見ても、7のほうがバンパーやライトの位置が低くなって落ち着き、後部の左右絞り込みも適度に的確になされているのか、たたずまいが低重心で安定して見えます。このプロポーションの良さに、各部の線の正確さなどが合わさって、"完璧な"デザインになっているようです。
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ゴルフ7のボディサイドです。ドアハンドル下を通るプレスラインが、Cピラー手前で止まっています。窓のすぐ下に沿ったプレスライン(ショルダーライン)は、ボンネット付近まで続いています。これらの2本の線がシャープで、美しく見えると同時に、工作精度の高さを感じさせます。ボディが四角くて変化がない分、この線のシャープさと、そこにできる繊細な陰影によって、見せ場をつくっているような気もします。
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すごいなと思うのは、やはりボンネットのラインです。ただ鋭角というのではなく、つまみ上げて形成しているような造形です。BMWなどもこの部分は似た面構成ですが、ゴルフはボディ全体がプレーンであることもあり、シャープさが際立っています。道で走っているのを見かけると、意外にふつうの形状に見えたりもするのですが、角度によっては驚くほどのつまみ上げの線に見えます。プレスラインのシャープさは、メタリックよりもソリッドのボディカラーのほうが、目立つようです。
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せっかく撮ったので、もう一枚。
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右がゴルフ5。左の7、6、4、1の4台は、シャープな四角いデザインですが、5は少し異端的に丸いです。ゴルフは連続性のあるモデルチェンジを生業としていますが、毎回どの方向に進化するか、常に時代の流れを見ながら決めていると思います。意外に紆余曲折しています。プラットフォームはゴルフ単独のものではないので、計画性ということでは、背後にさまざまな制約もあります。今回ゴルフはMQBというグループ内の大半のモデルで規格を統一したシャシーになりましたが、その計画をいつから設計に織り込んでいたのか、実は結構前からだったのではないか、などと考えたくなる事例もいくつかあります。実際のところ、ゴルフがどのようにデザインされ、どのように設計が決定され、開発されるのか、想像もできません、少なくとも、簡単にできるクルマでないことはたしかです。
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(※)冒頭で触れた本『フォルクスワーゲン ゴルフ  そのルーツと変遷』は、グランプリ出版より刊行されています。歴代ゴルフを考えるのにデザインを切り口にしてまとめました。
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(レポート・写真:武田 隆)

リポーターについて

武田 隆(たけだ・たかし)

1966年東京生まれ。早稲田大学第一文学部仏文科中退。出版社アルバイトなどを経て、自動車を主体にしたフリーライターとして活動。モンテカルロラリーなどの国内外モータースポーツを多く取材し、「自動車アーカイヴ・シリーズ」(二玄社)の「80年代フランス車篇」などの本文執筆も担当した。現在は世界のクルマの文明史、技術史、デザイン史を主要なテーマにしている。著書に『水平対向エンジン車の系譜』 『世界と日本のFF車の歴史』『フォルクスワーゲン ゴルフ そのルーツと変遷』『シトロエンの一世紀 革新性の追求』(いずれもグランプリ出版)がある。RJC(日本自動車研究者ジャーナリスト会議)会員。

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