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日野オートプラザで、「天風」エンジンを展示

東京・八王子市の日野オートプラザでは、7月24日から、1930年に製造された航空機用星型エンジン、「天風」の展示を公開しています。それに先だって、23日に除幕式が行なわれました。同プラザは、今年4月に新装オープンされていますが、除幕式の様子と、同プラザの展示の一部を報告します。

(7月23日 東京・八王子市みなみ野)

日野オートプラザは、日野自動車の過去の歴史をたどる展示がされており、かつて生産していた乗用車の展示などもあるほか、日野の前身である戦前の東京瓦斯電気工業(瓦斯電)の時代につくられた、航空機用などのエンジンを、多く展示しています。

今回公開された「天風」エンジンは、2012年秋に、青森県の十和田湖で引き揚げられた「一式高等練習機」に搭載されていたものです。機体引き揚げの立役者である青森県航空協会から借用という形での、展示です。湖に墜落したのは、1943年のことで、搭乗していた4名のうち、1名だけが地元の人に助けられたそうです。57mの湖底で、泥に半分埋もれていたので、引き揚げが困難だったとのことです。


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除幕式の様子。左側が、日野自動車の元副社長の鈴木孝氏、右側が青森県航空協会会長の大柳繁造氏です。着水時の抵抗のためか、プロペラが2枚とも曲がっています。


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これが「天風」エンジンです。瓦斯電が開発し、1930年に完成して、大戦終了までに1万2000基以上生産されたそうです。奥のパネルの写真が「一式高等練習機」で、美しい機体として名高いとの説明がありました。


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「天風」のレストアは、日野のエンジン実験部門と生産技術部門が担当し、かなりの苦労があったとのことです。ただ、保存状態は非常によかったようで、分解すると、中からオイルが出てきたのだそうです。泥に埋もれた部分のほうが腐食があり、水中に出ていた部分のほうが保存がよかったという話を聞きました。レストアにあたった方の報告では、すばらしい技術に感銘を受けたという感慨や、部品の生産性などが考慮されていなくて、当時の職人の苦労に敬意を表したい、という真摯な感想が述べられました。70年を経て、引き揚げられ、レストアされた、ということの臨場感があり、一見の価値があると思います。


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「黎明期のエンジン」という部屋に、「天風」は置かれます。一番手前が「天風」で、その隣は、中島飛行機製の「光三型」という星型エンジン。


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これは、V12型川崎BMWハ-9 II乙型エンジン。これに希薄燃焼を適用したエンジンが、有名な航研機(航空研究所試作長距離機)に搭載されていたそうです。このエンジンはカットモデルで、クランクシャフトなどが見えるようになっています。実物の迫力が感じられました。


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除幕式当日には、『エンジンのロマン』などの著書もある鈴木氏が、出席者を館内見学ツアーに案内し、展示されているエンジン等を解説しました。これは、軽戦車用に開発されたといわれる「ちよだEC型」エンジンです。


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スリーブバルブ・エンジンの展示もありました。このエンジン自体は、乗用車用だそうで、製造メーカーなどは調査中のようです。スリーブバルブ・エンジンは、通常のような吸排気バルブを持たず、動きがスムースで静かであったことなどから、戦前の一部の高級車メーカーが採用していました。シリンダーとピストンの間に吸気口と排気口をもつスリーブを入れて、これを上下させ、シリンダー側面に開けた吸気口および排気口にそれぞれが合致したときに、吸気と排気を行なわせる、という構造です。航空機では、圧縮比増加によるノック解消の切り札として、イギリスのブリストルが成功したものの、かつて多くのメーカーがこれに挑戦し、ものにできなかったといいます。


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1Fのメイン展示フロアには、日野自動車がかつて生産した乗用車が展示されています。一番手前は、その出発点となった日野ルノー4CV。その横にそこから発展したリアエンジンのコンテッサが3台置かれていますが、グリーンのクルマは、イタリアのミケロッティがボディを製作したコンテッサ900スプリントです。


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これはいわゆる珍車といってもよいクルマで、コンマースという名の商用車。これからの乗用車はFFかRRの時代になるだろうとの考えに基づき、当時は困難な技術であった前輪駆動を採用しています。前輪駆動は、日本ではスズライトが1955年からつくられ、名高いスバル1000が1965年に完成しましたが、このコンマースは1960年製です。つまり非常に早い挑戦でしたが、2000台余りが生産されたということです。


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ホールの中央に展示されているボンネットバス。1966年式で、日野のボンネットバスとしては最終生産車だそうです。中に乗ることができます。


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このレポートでは、進路を逆にたどっていますが、入口のある2Fから1Fへ降りるスロープには、日野の歴史が、パネル展示で詳しく紹介されています。天井から吊られているのは、航研機の1/5の模型です。航研機は、1938年にFAI(国際航空連盟)規定の周回航続距離世界記録と、10,000kmコース上の速度の国際記録を樹立し、日本で初めてFAIの記録に名をのこした飛行機となりました。


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2Fでは、ミニカーや模型が展示されています。手前の青いトレーラーは1946年製で、当時の法規よりサイズが大きかったので、法改正を上申し、それが現在の法規の原点となったそうです。


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エントランスホールに展示されている、TGE-A型トラック。東京瓦斯電気工業が1917年に製造したもののレプリカで、近代化産業遺産に登録されているものです。

日野オートプラザは、入場無料なので、気軽に見学できます。規模は大きくないとはいえ、展示内容はなかなか充実している印象です。今回新たに公開された、「天風」エンジンの実物をはじめ、展示を見ることでいろいろなことを学んだり、感じることができるように思いました。

●日野オートプラザ ウェブサイトURL
http://www.hino-global.com/j/link/autoplaza/index.html


(レポート・写真:武田 隆)

リポーターについて

武田 隆(たけだ・たかし)

1966年東京生まれ。早稲田大学第一文学部仏文科中退。出版社アルバイトなどを経て、自動車を主体にしたフリーライターとして活動。モンテカルロラリーなどの国内外モータースポーツを多く取材し、「自動車アーカイヴ・シリーズ」(二玄社)の「80年代フランス車篇」などの本文執筆も担当した。現在は世界のクルマの文明史、技術史、デザイン史を主要なテーマにしている。著書に『水平対向エンジン車の系譜』 『世界と日本のFF車の歴史』『フォルクスワーゲン ゴルフ そのルーツと変遷』『シトロエンの一世紀 革新性の追求』(いずれもグランプリ出版)がある。RJC(日本自動車研究者ジャーナリスト会議)会員。

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